イランの絵本『ボクサー』のパネル展を振り返って【後編】

こんにちは。絵本制作室の三島です。

11月3~15日に西荻窪の絵本カフェムッチーズカフェで、「刊行1周年!『ボクサー』絵本パネル展」を開催しました。本記事(後編)では、11月13日に開催されたサラーム・サラームさんのトークイベントについて振り返りたいと思います(本記事は、イランの絵本『ボクサー』のパネル展を振り返って【前編】の続きです)。

 

サラーム・サラームさんのトークイベント

11月13日には、『ボクサー』の訳者である愛甲恵子さんのユニット、サラーム・サラームのお二人をお招きして、楽しいお話を伺いました。ペルシャ語の翻訳者・愛甲恵子さんと美術家・フジタユメカさんのお二人からなるサラーム・サラーム。お二人は、長きにわたりイランの絵本やイランのイラストレーターを日本に紹介する活動をされてきました。


サラーム・サラーム結成のきっかけや、お二人の好きなイランの絵本、そして『ボクサー』のことをお聞きしました。

サラーム・サラームのお二人
フジタユメカさん(左)・愛甲恵子さん(右)

 
では、内容を少しご紹介しましょう。

 

◆サラーム・サラーム結成のきっかけ

イランに留学中の愛甲さんのもとをフジタさんが訪れたこと、愛甲さんが集めていたたくさんの絵本をフジタさんご覧になったことがきっかけだったとのこと。もともとお二人は高校時代からの友人同士だそうですが、このきっかけがあって、いま私たちがイランの絵本に触れることができるのだと思うと、なんだか感慨深いです。

 

◆お二人の好きなイランの絵本

トークイベントで紹介された絵本は次の3冊です。

●『シャベ・ヤルダー』
(アフマドレザー・アフマディ 文/ファラフ・オスーリー 絵/日本では未出版)

自分の名前をなくした夢を見た男の子のお話。哲学的な文と幻想的な絵が魅力的です。シャベ・ヤルダーとはペルシャ語で冬至の夜の意味で、冬至の前夜を指します。この時期にぴったりの絵本です。

 

●『ごきぶりねえさんどこいくの?』

(M.アーザード 再話/モルテザー・サーヘディ 絵/愛甲恵子 訳/ブルースインターアクションズ 発行)

ゴキブリの女の子が自分探しの旅に出るお話で、イランに伝わる昔話だそうです。

なんといっても、主人公がゴキブリ(!)ということに驚きます。しかも、強い意志をもった自立した魅力的な女の子として描かれているのです。そこがとてもおもしろいポイントです(私も大好きな絵本です)。

ページのあちこちに読者が励まされるような言葉がちりばめられているのも、この絵本が愛される理由なのではないかなと思います。なお、アーザードさんの再話だからこそ、このように自立したかっこいい女性のキャラクターとして描かれているということでした。

 

●『みどりの子ヤギがたてる足音』
(スーサン・ターグディース 文/マルジャーン・ヴァファーイヤーン 絵/日本では未出版)

テヘランの集合住宅に住んでいるビーターちゃんと両親のお話。ある日、階上からトントントンと音が聞こえてきます。いったい何の音? ビーターちゃんと両親は、同じ音を聞いているのに違う風景をイメージしている、そんなところがおもしろい絵本です。

絵を担当されたマルジャーンさんは、普段は鉛筆を使って描くことが多いそうですが、この絵本では水彩で描いているとのこと。細部まで丁寧に描き込まれているところが魅力的です。

愛甲さんが「マルジャーンが一生懸命描いたこの絵が大好き」と愛情深くおっしゃっていたのが印象的でした。マルジャーンさんとの深い友情関係が、垣間見えた気がしました。

 

◆『ボクサー』の朗読

つづいて、『ボクサー』の話題に。

フジタさんには日本語で、愛甲さんにはペルシャ語で、交互に『ボクサー』を朗読していただきました。フジタさんと愛甲さんの息ぴったりの朗読で、『ボクサー』の世界観にひたりました。

愛甲さんの話すペルシャ語の音は、さらさらと流れるようでとっても素敵です。

『ボクサー』について、フジタさんが「ボクサーは人を殴っていない。そこにこの作家のメッセージが込められている」とおっしゃっていたのが心に響きました。

 

ムーサヴィーさんへ行ったインタビュー

今回のイベントに際して、作者のハサン・ムーサヴィーさんに書面でインタビューを行いました。当初は、愛甲さんのご協力のもと、オンラインでインタビューを行う予定だったのですが、その当時、イランの社会情勢が不安定でインターネットの接続状態が悪く、かないませんでした。

ですが、ムーサヴィーさんは、こちらからの質問に対してメールで丁寧に答えてくださいました。インタビューの内容を少しご紹介したいと思います。

 
Q:この絵本が生まれたきっかけを教えてください。モデルのような人はいるのですか?

A:『ボクサー』もそれ以外も、自分が文章を書く絵本は、自分自身の人生がその源泉です。
 (中略)
力があれば人気を得られます。でも、力を盲目的に使うことは破壊をもたらすでしょう。
それは人気を嫌悪に変えてしまいます。
これまで、人気を得た人はたくさんいました。でも自分の中に怒りの感情が根を張っていると、破壊の道を選んでしまうんです。
一方で人間は、自省し、自らについてよく知ることで、自分の中にある、怒りと憎しみというドラゴン、そしてあらゆる闇の力を、他者への愛に変えることができます。
自分自身から始まる豊かさ、それが世界を作っていくのです。

 

メールでのやりとりやインタビューの内容から、ムーサヴィーさんはこちらからの問いかけに誠実に向き合ってくれる、とっても真面目な方だなと感じました。

日本のアニメ「キャプテン翼」やジブリの話題にも触れてくださり、そんな気遣いもうれしかったです。

 

『ボクサー』は1人の男性の話のようであり、私たち全員の物語でもあります。イランの作家ハサン・ムーサヴィーさんが力強く描いたこの作品により、私はいままでに感じたことのない心の動きを覚えました。しかしそれと同時に、世界中のどこにいても私たちの願いは同じなのだという共通の思いも感じることができました。このインタビューを通じて、そういった同じ思いに触れられたような気がしました。

 

在イラン日本大使館から、愛甲恵子さんへ在外公館長表彰の授与

イベントの最後には、うれしいお知らせがありました。在イラン日本大使館の角潤一さんより愛甲恵子さんへ、在外公館長表彰の表彰状の授与がありました! 愛甲さんが長らく「イランと日本の相互理解及び友好親善に寄与された」功績を称えて贈られました。

角潤一さんより愛甲恵子さんへ、
在外公館長表彰の表彰状が授与されました!

 

たいへんおめでたい場に立ち合うことができて、光栄です!

愛甲さんおよびサラーム・サラームさんの活動がなければ、このように素晴らしい数々のイランの絵本と出会うことができなかったでしょうから、愛甲さんとサラーム・サラームさんには感謝の気持ちでいっぱいです。
おめでとうございます!

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あっという間の2週間。とても楽しかったです。
みなさま、ありがとうございました。また、どこかでお会いできますように。